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あなたはいつも空耳を聞いている!

By T.K.


授業コード:LING 101

授業名:Introduction to Linguistic Analysis (言語学的分析入門)

内容:言語学の中心分野である、音声学・音韻論・形態論・統語論・意味論の入門


言語学の中で人間がどのように口(または鼻)から音を出しているか研究する分野を音声学といいます。音は、肺から呼気が食道・のど・鼻・口を通って体外に排出されるまでの間にそのなめらかな空気の流れが、舌などの部位で妨害される(気道の形が変わる)ことによって出されます。言葉を話すために、このようにして音を出すことを調音といいます。人間はたくさんの種類の音を出すことができ、違う種類の音を組み合わせることによってその音に意味を持たせ、意思疎通を図っています。音声学ではさまざまな方法で人間が出すことのできる音を分類していますが、その中で最も大まかなものが「母音」と「子音」の違いです。言語学のことを何も知らなくても、感覚的に母音と子音の違いが分かる方は多いのではないでしょうか。日本語には「あ・い・う・え・お」(50音表の「段」)の5種類の母音があり、「か・さ・た・な・は・ま・や・ら・わ・が・ざ・だ・ば・ぱ」(50音表の「行」)の14種類の子音があるとされています。今回は、そんな子音についてのお話です。



そもそも、私たちはどのように音を出しているのでしょうか。吐息がのどから口ないしは鼻を通して放出されるまでの通り道のどこかで障害ができ、その障害に空気がぶつかることで私たちは音を出しています。どの位置で(調音位置)、どのような障害(調音方法)、を作り出しているかによって、人間が出すことのできる子音を細かく分類し名前を付けています。さらに、それぞれの音に万国共通の記号を付し、その記号さえ暗記すればどんな言語の音でも自由自在に表せるように便宜を図っています。この記号をInternational Phonetic Alphabet(IPA、国際音声記号)と呼びます。英語の辞書で見出し語の横に掲載されているのを見かけたこともあるのではないでしょうか。



出典: https://en.wikipedia.org/wiki/Place_of_articulation


これは、人間の頭を鼻から顎にかけて縦に割った断面図です。1~18の数は調音部位を表します。代表的なものには、2:唇 、3:歯、4:歯茎、 6:前部硬口蓋、 7:硬口蓋、8:軟口蓋、11:声門などがあります。




この表は、縦軸に調音方法、横軸に調音位置をとり、カナダ標準英語で使われる子音を表しています。例えば、左上角にある/p/という音は「無声両唇破裂音」と呼ばれ、唇で(調音位置)息の通り道を一旦は完全に閉ざしてから勢いよく開放すること(=破裂、調音方法)で出す音です。日本語ではパ行で表されます。


物理的に人間が出せるとされている音すべてを区別できる人はまずいません。言語によって使う音と使わない音があるからです。では、自分の母語が使う音なら完璧に聞き分けられるのでしょうか。そんなことはありません。実は、我々日本語話者が同じ音だと認識していても、実は物理的には違う、似た音を使っていることがあります。このような、科学的には違うのにも関わらず、ある言語の話者に同じ音と(誤って)認識されている音の組み合わせを、「音素」と呼びます。この現象の日本語における典型例が「ん」です。私たちが普段意識することは全くありませんが、同じ「ん」の文字で表記されていても単語によって5種類以上の異なる音を使い分けています。


ここで、「乾杯」と口の動きに注意して言ってみてください。次に、「乾杯」とゆっくり言いながら、「かん」と言ったところで一旦止めてください。両唇がぴったりと閉じていますね?日本語が母語であれば、この「ん」は無意識のうちに唇を閉じて発音しているはずです。では、次に「仙台」と言ってみてください。「ん」で唇は閉じていますか?閉じていませんね。「乾杯」の「ん」は、実はマ行の子音と同じ音です。両唇を閉じて(調音部位)鼻腔を震わせて(調音方法)出す音なので両唇鼻音と呼ばれ、IPAでは[m]にあたります。「仙台」の「ん」は、歯茎鼻音、すなわち[n]です。


それでは、このような複雑な区別はどうして生まれたのでしょうか。最有力視されている説が、「ん」を発音し終わって次の音に移る際、口の筋肉や舌の動きを少なくするためというものです。換言すると、次の音が調音方法も部位も違う音であった場合、「ん」の後に滑らかにその音に移ることが難しいからです。「ん」が[m]で発音されるのは、直後の音がバ行・パ行・マ行である場合(例:サンバ・散歩・さんま)です。バ行・パ行・マ行はIPAでそれぞれ/b/,/p/,/m/にあたりますが、これらの音には共通点があります。それは、これらはどれも、両唇で調音される音であるということです。これに合わせて「ん」も同じ両唇音である[m]で済ませてしまうことで、2音連続で同じ調音位置にしてしまおうという、ある意味で怠けなのです。2音連続で調音位置が同じということは、同じ筋肉を使うということであり、負担が軽くなります。勘の良い方はお気づきかもしれませんが、ヘボン式ローマ字でバ行・パ行・マ行の直前の「ん」をnでなくmで表すのは、この区別を反映してのことです。


「ん」の区別はまだたくさんありますが、それらをすべて網羅すると本が一冊書けてしまううえ私にはそれらを分かりやすくかつ的確に説明する知識と能力がないので、割愛します。しかし、原則的には同じ法則で、直後の音と同じ調音位置の鼻音が使われることが多いようです。つまり、上の表で同じ縦の列に属する音は、その直前の「ん」は同じものが発音されるということです。


前後に来る音によって同じ音素のどの音を使うのかという何通りものパターンは、母語話者であれば無意識のうちに頭に入っています。私が言語学にロマンを感じる点は、私たちが普段いとも簡単に使いこなしてしまっている複雑で難解なルールをゆっくりとひも解いてゆくところです。答えがわかると、「こんな難しいことを脳はいつも一瞬で処理しているのか!」と感心してしまいます。しかし、言語学のテストのためにこれらすべてのパターンを意識的に暗記するのはとても大変なのに、実際に言葉を話しているときになぜ間違いを犯すことがないのはなぜなのでしょうか。


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